水をやる女

そのひとが水をやっているのは共同の庭だ
かろやかな蕾 背の高い草のざわめき
どれもけして自分だけのものに ならない庭

人々はバスや車で堅い道を走り
サングラスと虫除けの薬をもって 庭を訪れる
気まぐれな水やりを 楽しむために
だが 自分だけの箱庭と巣を手に入れた
あとは もう姿をあらわさない

野バラのアーチをさざめき くぐる彼らを
そのひとは おだやかな目で 迎え 送り
また枯れかけた秋の庭を 潤して 歩く

いつも前かがみなのは
幸せな孤独にうつむくせい
地面に吸い取られた草花のささやきに
耳を傾けるからため
ある日 誰にも気づかれず
そのひとは そこからいなくなった
そして 今までになく 甘いにおいに蒸れた
春がきた

共同の庭は 鉄条網で閉じられ
新しいビルのための 更地にされた
土の山からのぞく 古びた真鍮のじょうろ
道行くこどもが気づいて 小さな声をあげる
やさしい光は 
鉄条網にしがみつくちいさな背中に
いつまでも 流れていた
やわらかな水のように

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